患者は52歳、女性。約半年位前より、右下眼瞼に発赤腫脹が起こり、近所の眼科医院で「ものもらい」とは違い脂肪のでる腺がつまってしまうので、手術しなければ良くならないと言われていましたが、手術には否定的でありました。その後も病変がいくつも生じてくるため、非観血的治療を求めて、1983年7月21日に当診療所に来院しました。 身長150cm、体重46kg、皮膚は乾湿中等度で、色白。食欲良好だが、睡眠はやや不良。便通は1〜3日に1行、排尿回数は日中5〜6回、夜間尿1回。口渇なく、手足は冷たく、顔に汗をかきやすく、月に2回位、片頭痛がありました。 脈候はやや沈・細で力あり。舌候は湿潤して薄い白苔あり。腹候は腹力中等度で、臍上に悸動があり、右側に軽度の胸脇苦満があり、両腹直筋の攣急は軽度、右臍傍に軽度の“お血”圧痛点がありました。 右下眼瞼に3ヵ所の腫脹が認められました(写真参照)。また眼瞼を裏返してみると、左右の上下の眼瞼には脂肪梗塞の黄色塊がいくつか認められました(写真参照)。 全体像から判断して、陽証で、胸脇苦満もあり、基本薬方として柴胡桂枝湯を選定し、そこに排膿を促進する作用のある桔梗を加味した薬方を処方しました。 初診時より約2週間後(1983年8月4日)(写真参照)に受診した時には、特に変化はなく、左目上眼瞼裏側には、黄色の脂肪梗塞が認められました。患者は「ふくらんだ感じ」と「ひっかかる感じ」を訴えていました。排膿や腺分泌を促進するため、同一薬方に枳実を追加して処方しました。 約4週間後(1983年8月18日)に受診した時には、数日前より両眼に薄い膜がはったようになって、ものが見えにくくなり、朝方は「ヤニ」みたいなものが目に一杯たまってくるので、眼科にて目を洗ってもらっているとのことでした。これは、おそらく脂肪が排出されてきた為と考えられたので、同一薬方にて経過観察しました。 約6週間後(1983年9月1日)(写真参照)に受診した時には、右眼瞼の外側はあまり変わっていませんが、眼瞼の裏側では黄色塊が一ヶ所なくなって、一部に結膜ポリープがいくつか認められていました。更に排出を促進するために枳実を増量して処方しました。 約8週間後(1983年9月14日)(写真参照)に受診した時には、左右の上眼瞼の裏側に結膜ポリープがいくつも認められました。これは脂肪を排出したあとに見られる現象のようでした。 約10週間後(1983年9月28日)(写真参照)に受診した時には、右眼瞼の方は固い感じが軽快してきているとのことでした。 約12週間後(1983年10月13日)(写真参照)に受診した時には、右眼瞼の外側もかなりきれいになり、裏側は黄色塊が減ってきていました。また、左上眼瞼の裏側では黄色塊が全くなくなり、そのあとに大きな結膜ポリープと周辺に小さな結膜ポリープが生じておりました。 約14週間後(1983年10月27日)(写真参照)に受診した時には、右眼瞼は外側も裏側も大分良くなり、左上眼瞼裏側のポリープも少し、小さくなりつつありました。 約18週間後(1983年11月8日)(写真参照)に受診した時には、右眼瞼の外側では初め3ヶ所にあった腫脹は真中にあったものだけが小さくなって残っているのみでした。その裏側でも真中の黄色塊が少し残っているのみでした。左上眼瞼の裏側では大きな結膜ポリープはかなり小さくなり、黄色塊は全くなくなっていましたので、この時点で廃薬としました。 霰粒腫は瞼板腺(Meibom氏腺)梗塞を基として起こる眼板内慢性肉芽性炎症であり、麦粒腫(ものもらい)のような睫毛脂腺(Zeis氏腺)の急性化膿性炎症とは違って、一般的には切開手術の適応とされているものですので、眼科医が手術を勧めたのも当然のことではありますが、本例のように左右の両眼瞼には脂肪梗塞の予備軍ともいえるものが、結膜ポリープの数だけあったと推定されますので、もし手術をするとしたら、何度も「痛い」思いをしなければならなくなる可能性もありました。本症例は本来なら、西洋医学的に手術となるところを、非観血的治療を希望して来院し、その希望通りに漢方薬の服用のみで治療が奏効した数少ない症例と考えられますので、今後の治療の参考になると考え、ここに報告いたしました。 柴胡桂枝湯に桔梗を追加した薬方は柴胡桂枝湯と桔梗湯との合方ということになりますし、そこに枳実を追加した薬方は排膿散及湯との合方ということになるでしょう。 桔梗を追加しただけの時よりも枳実を追加した時のほうが、脂肪の排出作用は強力だったようですので、この経験から、当院では、しばしば排膿を促進したいときや腺分泌を促進したいときなどにも桔梗と枳実の生薬複合物を使用するようにしています。 |
右目 | 右上又は下眼瞼裏 | 左目 | 左上眼瞼裏 | |
初診時
(1983.07.21) |
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約2週間後
(1983.08.04) |
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約6週間後
(1983.09.01) |
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約8週間後
(1983.09.14) |