患者は46歳、男性。約15年前より腎不全で透析中の患者で、某診療所で週3日の血液透析を受けていて、最近右手指の第2指〜第4指にかけて閉塞性動脈硬化症が発症し、それによる疼痛と特に第4指先端の壊死に対して、種々の加療をしたが効果なく、漢方治療を求めて2000(平成12)年、6月29日に来院しました。
身長171.9cm、体重54kg、血圧160/84、口渇が軽度にあり、発汗なく、手足が特に冷える。手指の痛みが高度であり、痛みのため睡眠は不良、食欲不振、排尿はなく、便通は3日に1行であった。右手指腹面と背面の写真で見られる如く、第4指先端は黒くなり、壊死を起こしており、第2指先端も少し変色していました。
全体像としては背が高く、痩せていて、手足が著明に冷えていて、いかにも虚証の状態であり、何よりも手指の疼痛の甚だしいのが気になったので、まず、疼痛を改善するために、桂枝加白朮附子湯(桂枝3、甘草3、芍薬3、大棗3、乾生姜1、白朮8、附子5)を基本薬方として選定し、そこに麻黄(2g)、石膏(3g)を追加した薬方を7日分処方しました。また、便秘の改善を兼ねて、血液のめぐりを良くする意味をこめて、桂苓丸加大黄の丸薬も7日分処方しました。
初診時より約1週間後に来院した時には、疼痛は少しやわらいだが、依然痛みがあるというので、同一薬方の附子を7gに増量した薬方を7日分処方し、便はやわらかくなったが、便通は3日に1行ということなので、桂苓丸加大黄を14日分処方しました。その1週間後に家人(妻)が来院して、同一薬方を7日分と桂苓丸加大黄を14日分持参していきましたので、丸薬は普通量の倍量ほど服用していることになります。
初診時より3週間後に来院した時には、壊死の状態は第4指の痛みはやわらいでいるが、第2指が少し黒くなってきて、それが痛み、更に左下肢がしびれてきているとのことでした(写真参照)。そこで、同一薬方の附子を8gに増量し、麻黄と石膏を除いて、茯苓、牡丹皮、桃仁、当帰を各3gずつ追加した薬方を処方し、また桂苓丸加大黄も処方して、「血のめぐり」の改善を強化することにしました。
その後も来院の状態に応じて、痛みに対して附子は9gまで増量、「血液のめぐり」の改善に対して、茯苓、牡丹皮、桃仁、当帰の量も各3gから6gに増量してしばらく経過観察しました。
約8週間後(写真参照)、 10週間後(写真参照)、12週間後(写真参照)、14週間後(写真参照)、16週間後(写真参照)と経過をみると、手指の方は一部先端が壊死に陥って萎縮していきましたが、それ以上の進行は防がれているようでした。しかし、左足の小指の壊死が徐々に進み、疼痛も増大してきました。
以後、約半年間患者本人は来院しませんでしたが、途中、家人(妻)が来院して同一処方を14週分持参していきました。その後の話によると初診時より約17週間後のあたりで、左足の小指があまり痛いため、某大学病院にて、膝下10cmの所で、左下腿を切断してしまったとのこと。 同大学病院の血管造影では、腎臓のあたりから大動脈硬化があり、やがて両方の足に閉塞がくるだろうと言われたようでした。また、2001年の夏には手の方も3本ほど切断すると言われたそうですが、漢方薬服用によって、どんどん良くなっていくようでした。
2001年4月20日(最終来院日より約6ヶ月後)(写真参照)、およびその再診の16週間後(写真参照)と28週間後(写真参照)の経過を見ると薬指の先端の一部は壊死して最終的には、とれてしまいましたが、その痕は萎縮して改善し、他の指も問題なく経過したようです。
本症例では、初診時に疼痛改善薬を処方し、血液のめぐりを良くする薬(桂苓丸料)を3週間後に追加し、8週間後に増量していますが、この駆”お血”剤を始めからもっと大量に投与して主軸にすえ、疼痛改善の薬方は従としていけば結果はもっと良かったのではなかったかということが大いに反省される点です。しかし、切断する予定であった手指は切断せずに澄んだところをみると、漢方薬も少しは役立ったのではないかと考えられます。
左足の小指については、小指が壊死になっただけなのに、膝の下10cmぐらいのところから切断するのには、驚かされます。
西洋医学の立場では、当然なのかもしれませんが、やはり局所治療という治療法のあり方が浮き彫りにされているような気がします。痛みさえがまんでき、漢方治療で継続したならば、手指の如く、小指の一部を壊死で失うにしてもそれ以上切断するようなことにはならなかったと思われてなりません。
本症例は漢方治療の反省と希望を込めた貴重な報告となりそうですので、少しでも役立つことが出きれば幸いです。