越婢湯の加味方が奏効した甲状腺眼症(その1)-1
 患者は44歳、女性。約5年前(1985年)に甲状腺機能亢進症を指摘され、約2年前(1983年)からメルカゾールを処方され、治療していた。1990年4月頃から右目が突出してきて、ものが二重に見えるのに気がつき、近医(眼科)で加療されていた。同年7月に某大学病院の眼科を受診し、同年8月入院して、ステロイドのパルス治療を受けたが、漢方治療も試みたいということで、眼科の主治医の紹介状を持参して同年9月5日、当院に来院しました。
 身長158.2cm、体重70kg、血圧120/70、睡眠・食欲良好。便通は1日1行、排尿回数は日中5回、夜間1回。口渇なく、目まいや立ちくらみもないが、発汗し易く、肩凝りが強い。また生理は順調であった。脈候はやや沈・細・弱で、舌候は湿潤して微白苔あり。腹候は腹力十分で、胸脇苦満はなく、両腹直筋の攣急は軽度、臍傍の圧痛点なし。 
 顔面の写真のように真正面を見てもらうように撮影しましたが、十分に目が上がらないような印象であり、また右目の方が左目よりやや下に落ちている印象でした(写真参照)。
 全体像から判断して、陽証で、実証であり、その基本薬方として、越婢加朮湯を選定し、利尿作用を更に増強する意味で、茯苓を追加した薬方を処方しました。それというのも、甲状腺眼症の成因は甲状腺機能亢進の基礎の上に、眼球の後に浮腫がおきたり、或いは脂肪やその他のものが貯留されてくるからであると思われましたので、漢方の強力な利尿剤で、眼球の後に貯まるものを取り除いていくことは出来ないものか、と考えたからです。
 初診時より約1週間後(1990年9月11日)に来院した時には、尿がよく出て、眼球を動かすのが楽になったとのことでした。
 約3週間後(1990年9月27日)に来院した時には、真正面を見つめた状態(写真参照)では、右目がやや下に下がっていて、右眼球が少し突出し、眼球運動の不全麻痺と、ものが二重に見える症状をともなっていました。
 約12週間後(1990年11月29日)に来院した時には、真正面を見つめた状態(写真参照)では、右目が更に下がっている状態でした。
 その後も同一薬方にて経過観察しましたが、約40週間後(1991年7月4日)(写真参照)および約51週間後(1991年9月19日)(写真参照)と右目の状態は軽快していきました。
 約3年後(1993年10月21日)の来院時には、正面、右方注視、上方注視の状態(写真参照)を比べますと正面の場合は、右目は殆ど正常に近づいていますが、右方注視の際は、右目の移動が左目に比べてやや悪く、上方注視の際は、左目に比べ、右目の上がりが少し悪いようでした。このため、上方を見る時にものが二重に見え、右側を見る時も少しものが二重に見える症状が残っていました。
 その後も約4年後(1994年9月1日)(写真参照)、約4年5ヶ月後(1995年2月2日)(写真参照)、約6年4ヶ月後(1997年1月23日)(写真参照)、約9年10ヶ月後(2000年7月6日)(写真参照)と経過観察しましたが、眼球運動もかなり改善されてきて、ものが二重にみえることも殆どなくなってきたようでした。現在も元気で生活しているようです。
 甲状腺機能亢進症に対して十分に治療していても甲状腺眼症になる人はなっていくようであり、ステロイドのパルス療法をやったりしても必ずしも改善するとは限らず、現在、確実に改善し得る薬物療法というものはないようです。漢方治療でも確実な方法があるわけではないのですが、突出した眼球の後に貯まるもの(水分でも脂肪でもその他のものでも)をなんとか利尿で取り去ることが出来ないものかと考え、体力も十分にある方なので、上記の様に強力な利尿作用を持つ越婢加朮湯を選定し、更に利尿作用を強めるため、茯苓を追加して、処方したところ、幸いにも功を奏した症例です。細胞病理学の立場に立った説明は出来ませんが、個体病理学の立場、治療の立場からは、眼球の後に貯まる余分なものを利尿で取り去るという考え方で、十分にこの薬方が使えるわけです。但しこの際、十分な体力のあることは、留意しておくべきです。またこの薬方を緑内障による眼圧が高まった場合にも使用し、利尿が増大して眼圧がさがっていくことも経験していますので、このような応用が可能な薬方の一つと考えます。

正面
初診時

(1990.09.05)

約3週間後

(1990.09.27)

約12週間後

(1990.11.29)

約40週間後

(1991.07.04)

約51週間後

(1991.09.19)

次項


Top page > 症例インデックス > 越婢湯の加味方が奏効した甲状腺眼症(その1)